情報の非対称度で話し方は変わる
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会話力やコミュニケーション術は、人生や社会の重要なスキルである。
会話やコミュニケーションが上手ければ、人は叶えたい望みをたくさん叶えられるし会話やコミュニケーションが下手であれば、自分の望みを叶えることは難しい。
しかし会話力やコミュニケーション術を、基礎から身につけるのは、なかなか難しい話だ。
というのもコミュニケーションには相手が必要であり、話し相手との関係や状況によって、話の内容や、話し方が異なるからだ。
たとえば一緒に暮らしている家族や仲間であれば、単純な言葉でも複雑な内容が伝わる。
「アレ、どうした?」「いつものヤツ」でも伝わるし、「アイツにアレ、頼んどいて」でも重要な用件が伝わる。
持っている情報が人によって違うことを「情報の非対称」と呼ぶのだが、会話相手が家族や仲間の場合、お互いに相手の情報をたくさん持っていて、会話をする前から情報の非対称度が小さい。
だからこちらの状態は相手に理解されやすいし、互いに意志を伝え合うのも簡単になるのだ。
それに対して、初対面の相手と会話するには、情報の非対称度が非常に大きく、まず「共通の言葉」を探すことから始めねばならない。
初めて会う人に対して、「今日はどちらからいらっしゃいましたか」などという他愛もない会話から話し始めるのは、相手がどれくらい自分と共通点を持っているか、それを見つけないと、話し方が決まらないせいだろう。
そして共通の話題が見つかったら、そこからようやく本題に入るというと言う風に、会話が進むわけだね。
つまり一口に会話・コミュニケーションを取ると言っても、情報の非対称度がどの程度なのか、それがわからないとコミュニケーションが取れないわけだ。
黒船のペリーと会話する
あまりよく知らない同士で会話するには、互いに相手の情報を殆ど持っていないから至難の業だ。
たとえば幕末に黒船で浦賀にやってきたアメリカのペリーと会話することを想像してみるとわかりやすい。
ペリーがどういう人で、何を考えているのかなんて、当時の日本人には全く知るよしもない。
ペリーの母国であるアメリカがどういう国なのかも、存在を知ってる人はごく少数であるし、行ったことがある人となると、土佐の漁師の息子ながら縁あってアメリカで学んだジョン万次郎などごく数人だけだった。
初対面の外国人であるペリーと会話するような場合、情報の非対称度が極端に大きいから、日常会話をするだけでも大変だし、抽象的な話をするとなると、全く通じない。
顔の表情やボディーランゲージで、「腹が減った」「水が欲しい」「怒っている」などという人類共通の動物的なコミュニケーションはできるだろう。
しかし「通商条約を結びたい」なんて、抽象的な用件は、まず絶対に伝わらない。
こういう抽象的な用件や交渉事は、言葉によってコミュニケーションを取らねばならないし、お互いに内容について熟知していないと、出来ないことでもある。
特に通商条約のような国と国が契約を結ぶとなると、相手国について良く知っていなければリスクがデカイ。
相手国がどういう意図で条約を結ぼうとしているのか、それが分からないと後世に禍根を残すことになる。
彼らが単に寄港地や貿易中継地として開港を求めているのか、それとも侵略のとっかかりとして条約を結ぼうとしているのか、そのあたりの情報がないと全く判断しようがない。
つまり高度なコミュニケーションというのは、言葉を使わないと出来ないことだし、さらにその言葉が実際に何を意味するのか、概念が腑に落ちるくらい分かっていないと、できないものなのだ。